はじめに
<映画ほど迅速に、あるいは広く人気を博した芸術形態があっただろうか?>
という言葉から、映画評論家フィリップケンプは『世界シネマ大辞典』を書き始めています。
クエンティンタランティーノ監督最新作『ワンス アポン ア タイム イン ハリウッド』を見た時に込み上げてた感情を噛み砕いていると、ふとこの言葉を思い出し、本棚から出典を探しました。
基本情報
Filmarksのあらすじ
リック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)は人気のピークを過ぎたTV俳優。映画スター転身の道を目指し焦る日々が続いていた。そんなリックを支えるクリフ・ブース(ブラッド・ピット)は彼に雇われた付き人でスタントマン、そして親友でもある。目まぐるしく変化するエンタテインメント業界で生き抜くことに精神をすり減らしているリックとは対照的に、いつも自分らしさを失わないクリフ。パーフェクトな友情で結ばれた二人だったが、時代は大きな転換期を迎えようとしていた。そんなある日、リックの隣に時代の寵児ロマン・ポランスキー監督と新進の女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)夫妻が越してくる。今まさに最高の輝きを放つ二人。この明暗こそハリウッド。リックは再び俳優としての光明を求め、イタリアでマカロニ・ウエスタン映画に出演する決意をするが―。 そして、1969年8月9日-それぞれの人生を巻き込み映画史を塗り替える【事件】は起こる。
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』予告 8月30日(金)公開
これから見る方にむけて
まず簡単に言わせて頂きたいのが今作が意外な事に劇場での初タランティーノということ!
『ジャンゴ』の時はR15で中学生の自分は見にいけず、『ヘイトフルエイト』ではR18で見にいけなかったという、
10本で引退するって言ってるのに何て不遇なんだと嘆いていましたが、
ついに、ついに9本目にして劇場で見ることができたわけで、しかも、しかも
ブラピとディカプリオの初共演という最高の作品だったわけです。
今回はネタバレありで感想や考えを書いていくので、
とりあえずまだ見てない方には
シャロンテート殺人事件とマンソンファミリーについては事前に調べておけ!と言っておきます。
第二次大戦の構造を知らないで『イングロリアスバスターズ』を見にいく、
奴隷制度を知らないで『ジャンゴ』を見にいくようなものですよ。
何を言っているんだ?
と思われた方はとりあえずこの2本を見て頂いて、
「そういうことか!!!」と感じて頂きたいです。
感想
※ネタバレありです※
たしかに『イングロリアスバスターズ』や『ジャンゴ』に見られた<フィクション>の力で歴史を改変するという点では、今作と合わせて【復讐三部作】という事ができます。
映画の力でヒトラーを倒すことができる、
黒人と白人が手を組む姿を見せるのではなく、映画だらこそ黒人奴隷が邪悪な白人を倒したって良いじゃないか、
シャロンテートは事実としてマンソンファミリーに殺されてしまい、ヒッピーの幻想を終わってしまった。
せめて映画<フィクション>の中ではあの時代が続いたって良いじゃないか。
と捉えるのも間違いではないと思います。
ただ今作はこれまでとは一味違うと感じました。
これを【復讐三部作】とまとめて良いのだろうか?
現に主人公はシャロンテートではなく、ブラピとディカプリオのコンビですし、
2時間以上かけてコンビに焦点を絞って物語はそれなりの着地をみせて、最後の20分くらいで”殺人事件パート”に突入するわけです。
ではこの映画は全体を通して何が言いたかったのか?
自分はこの映画を観てからそこが咀嚼できなかったものの、
最初に述べたフィリップケンプさんの
<映画ほど迅速に、あるいは広く人気を博した芸術形態があっただろうか?>
という言葉だけがずっと頭にありました。
それからパンフレットや映画秘宝の記事を読みながら、
同時に『世界シネマ大辞典』で世界の映画史をパラパラ読んでいると、
タランティーノ監督メッセージというものが少しずつクリアに見えてきたので、この記事を書いています。
『世界シネマ大辞典』は2017年に発売されたものですが、
それから2年しかたっていないのに今現在の映画界は大きく変わり、
また現在も変革期に立たされています。
Netflixのような配信オリジナルコンテンツが映画界を席捲し、
国際映画祭ごとにもそれを映画とみなすのか評価が分かれているのが現状です。
そう、『世界シネマ大辞典』と銘打って分厚い図鑑を作っても、たった2年で映画は変わってしまう。
このように映画というものは常に世界のどこかで小さな変化と大きな変化を繰り返しているのです。
そして今作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で描かれた1969年もまさに大きな変化に立たされた時代でした。
戦後イタリアでネオレアリズモが誕生し、それは50年代後半からフランスのヌーヴェルバーグにつながり、
そのような変化がヘイズコードがあったアメリカにも訪れアメリカンニューシネマが誕生したのが1967年となります。
もちろん映画だけでなく、
舞台となるロサンゼルスの街並みも変わっていきました。
今作はタランティーノ監督が6歳の時に見たハリウッドの街並みです。
『リーサルウェポン』で描かれた80年代の街並み、
『ヒート』や『コラテラル』などのマイケルマン監督作品で描かれた90年代後半から00年代の街並み、
全てを比べてもハイウェイやダウンタウンの構造は同じでも、そこに住む人々やその生活、文化は変化を続けていきました。
現在もシリコンバレーが近いことから特にインドからのビジネスマンたちが移り住み、住宅価格は上昇しています。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の街並み
ではなぜタランティーノ監督は69年のハリウッドを描きたかったのか?
古き良き時代を描きたかったとは思うのですが、
決してノスタルジーに浸ろうとはしてないと思うんですよね。
タランティーノが6歳の頃のポップカルチャーはきっと歳を重ねてから摂取していったと思うんですよ。
正確にいうとタランティーノが物心ついた時の70年代のアメリカンニューシネマの時代よりも前の時代、
その時代を生きた忘れ去られてしまった存在を描きたかったのだと思います。
その象徴として描かれるのが主人公であるリックとクリフです。
彼らはアメリカではもう古いものとされ、主役のシリーズがなくなり、ハリウッドから離れてイタリアでマカロニウェスタンに出演することになります。
リックの豪邸はローンが払いきれそうにない、
それに対して『ローズマリーの赤ちゃん』を成功させたポーランド人監督ロマンポランスキーと妻のシャロンテート夫妻が隣に引っ越してくるというのが、
映画界の縮図のような展開です。
でも今の映画界は彼らのような映画人たちの功績の上にあるもので、
特に映画好きはそれを忘れてはならない事だと思うんですよね。
でも最近はレンタルビデオ屋が閉店していき、
配信サービスでは比較的知名度がある作品しか見ることができません。
どうしても映画好き的にはTSUTAYAのようなレンタルビデオ屋でしか見れない映画がたくさんあるわけですし、
日本ではDVD化されずVHSのままの作品が沢山あります。
東京近辺に住んでいるため自分は幸いなことに渋谷や新宿でVHSの作品をレンタルすることができますが、全国的にはこのような環境は都市部だけに絞られています。
さらに今後、Blu-rayやUHDまたはその先の媒体に移行していくうちにVHS止まりの作品は忘れられていく可能性が高いです。
でも本当にそれで良いのか?
人々の需要がある作品だけを見ていれば良いのか?
一般の観客が忘れようが、
映画ファンや映画作家たちはそれを忘れてしまっては、
今後の映画界を発展させることができるのか?
そもそも映画に生きた全ての作品や人々の誰一人も我々は忘れてはならないのではないか?
映画オタクの神様のような存在であるタランティーノは、
マンソンファミリーの被害者と認識されていたシャロンテートを1人の女優として復活させ、
忘れ去れてしまった映画人たちに最大級のラブコールと鎮魂を行っているわけです。
もちろんこの映画をもっと、
深読みすることができると思うし、それをされているブロガーの記事もあります。
ですが、
自分は1人の映画好きとして、
『世間が忘れようと、俺らは忘れちゃだめだろ!』と、
映画オタクの大先輩と酒を飲みながら映画愛を熱く語られたような多幸感に包まれたのです。
これからも新作は当然の事、
古い映画もたくさんみきゃな~と感じると同時に、
本当に映画が好きで良かったなと感じ、多幸感に包まれた最高の作品でした!
そうそう、今回はサントラも最高で、
OST買わなくても既に持っているという方にも伝えたいのが、
何曲か冒頭にラジオの前振りがあって、音質もモノラルで当時の雰囲気に合わされています!
超おすすめします!
CDは9/4発売です!
長文読んで頂きありがとうございました!